司法試験で労働法は必須科目ではありません。
労働法は 司法試験において、
労働法は全員が必ず受けなければならない必須科目ではありません。
受験生が自分で1つだけ選んで受験する「選択科目」の1つです。
司法試験の科目の仕組み
司法試験は、「必須科目」と「選択科目」に分かれています。
必須科目(必ず受けなければならない科目):
憲法、民法、刑法など、法律家になるなら絶対に外せない7つの科目です。
これは拒否権がなく、全員が受けます。
選択科目(自分で選んで受けられる科目):
労働法、知的財産法(著作権など)、倒産法など、
8つの専門分野から1つだけを自分で選びます。
労働法はこのグループに含まれています。
司法試験に合格すると、今度は「司法修習生」として実務研修を受けます。
司法修習の最後にある卒業試験(通称:二回試験)の科目は、
民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5科目のみです。
ここでも労働法は独立した必須科目になっていません。
「弁護士なら、労働問題の法律なんて当然知っているはずだ」
誰もがそう思いがちですが、これは大きな誤解です。
実は日本の司法試験の制度上、このように
労働法の知識が「完全なゼロ」のままでも弁護士資格を得ることが可能です。
その結果、
実務の現場では「労働問題をまともに解決できない弁護士」がいます。
これって制度的にやばくないですか?
実務で起きている悲劇:相談したのに状況が悪化するケース
労働法を全く学んでこなかった弁護士が、
いきなり実務で不当解雇や残業代請求の相談を受けるとどうなるでしょうか。
以下のような深刻なトラブルが発生しています。(管理人の体験談)
会社側を泥沼に引きずり込む:
企業側から相談を受けた弁護士(当時の弁護士会の役職者)が、
解雇を「問題ない」と太鼓判を押してしまい、
後に労働者側から(=個人加入できる労働組合とともに)訴えられて
企業が巨額の損害賠償を命じられるという、 最悪の二次被害。
「一般民法」の感覚でアドバイスしてしまう:
労働法は、立場が弱い「労働者」を保護するために、
通常の民法よりもはるかに厳しいルールが定められています。
これを無視し、
普通の契約感覚で「会社がクビだと言っているなら覆すのは難しい」などと
誤った見立てを伝える弁護士。
計算方法や手続きの手順を知らない:
残業代の複雑な計算や、
労働審判というスピード解決のための特殊な手続きを知らないため、
対応が後手に回り、依頼者がもらえるはずの権利を失うケース。
「看板」だけで弁護士を選んではいけない時代です。
医学界では、内科医が専門外の「心臓外科の手術」を執刀することはまずありません。
しかし法律界では、労働法を学んでいない弁護士であっても
「労働問題専門」の看板を掲げて依頼を受けることが法律上許されています。
弁護士は「起きてしまった裁判」のプロですが、
そもそも労働法を知らない弁護士がいる以上、
揉めてから駆け込むのはギャンブルでしかありません。
だからこそ、日頃から労働法や現場の実務に精通している社労士を顧問にし、
「そもそもトラブルを起こさない未然の体制」を構築しておくことが、
現代の司法制度の穴を埋める最強の自衛策と言えます。
司法試験の制度が「弁護士=労働法のプロ」を保証していない以上、トラブルが起きる前に、
労働法のプロである「社会保険労務士」を顧問に迎えるべきではないでしょうか。
社労士は本当に「労働法のプロ」なのか? 資格の真実と、絶対失敗しない選び方
「社労士(社会保険労務士)は労働法のプロである」――これは間違いありません。
国家試験では 労働基準法や労働安全衛生法など、
労働に関わる法律がこれでもかと出題され、それに合格してきた者だからです。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
試験に合格しただけの「ペーパー社労士」や、
手続きの代行しかしてこなかった「未経験・経験不足の社労士」は、
実務の修羅場では驚くほど役に立たない(無能である)という厳しい現実が存在します。
なぜ社労士の間でこれほど実力差が生まれるのか?
1. 知識があるだけでは「無能」に陥る、社労士の実務の壁
社労士の資格を取るための勉強は、
あくまで「法律の条文やルールを暗記すること」が中心です。
しかし、実際の会社経営や現場のトラブルは、教科書通りにはいきません。
経験の浅い社労士や、
書類作成しかしてこなかった社労士にありがちな「無能なケース」
ドロドロの労使紛争に対処できない:
「問題社員の対応」や「不当解雇の訴え」など、
一歩間違えれば裁判になるような
生々しい現場の交渉やルール設計を経験したことがないため、
トラブルが起きた瞬間にフリーズしてしまう。
法律をガチガチに押し付けて会社を不当に縛る:
「法律でこう決まっていますからダメです」の一点張りで、
企業の経営実態や業界の慣習を一切考慮しないアドバイスをします。
これでは経営の足を引っ張る存在でしかありません。
お役所の言いなり(御用聞き)になる:
労働基準監督署や年金事務所といった行政機関から何か指摘されると、
会社の言い分を代弁することなく、
すぐに「役所の言う通りに直してください」と会社側に丸投げします。
これではお役所の「手先」であって、顧問企業の「味方」ではありません。
2. 役場の解釈が「常に絶対」ではないという現実
実は、
労働基準監督署や行政機関が提示してくる指導や解釈が、
常に100%正しいとは限りません。
窓口の担当者によって見解が分かれることも日常茶飯事です。
管理人が経験した実例:
A社労士が顧問する企業に 労働基準監督署から 指導が入った。
その指導とは
労務管理のために タイムカードを購入して管理すること を求めるものでした。
A社労士:
監督署に言われたから、顧問先にタイムカードの購入を勧めた
管理人:
気になったので
労働基準監督署に行ったときに聞いてみる とA社労士に一言断りを入れた後で
後日、監督署の監督官に、タイムカードが無いことで指導対象になるのか? と質問
監督官の主張:
・タイムカードが無いことは 労務管理ができている証拠が乏しいので指導対象となる
・「ガイドライン」にも、タイムカードで管理することが記載されている
・指導に従わないなら、処分もあり得る
とのこと
この発言に怒った管理人:
・労働局の職員さんは、印鑑押印で 出退勤管理している。
つまり、労働局の中で タイムカードが無い のは指導とは矛盾するのでは?
(彼らは、公務員には労働法は直接適用されない と主張することは見越したうえで質問。
=>しかし、この質問に返答もできない監督官だったので、敢えて返答をもらわない。)
・「ガイドライン」が 国民を束縛するのか?
国民を束縛しないガイドラインで 行政処分するという主張はおかしくないか?
=> 反論無し。
反論無し だったので、 労働局(監督署の上部組織) の 監督官を訪れて同質問
労働局の監督官:
・管理人が言うことが全面的に正しい。
・ガイドラインに記載されている タイムカードはあくまで一例
・出退勤管理は、例えば 上司等による現認 という方法は認められている
・従って、タイムカードが無いから と行政指導することはありえない
・対応した 監督官の名前を教えてほしい。指導する。
管理人の知り合いのA社労士は 管理人より少し長い社労士なのですが、
大手事務所に勤めて、社労士会の端役につけば、
自分の身が大切なのか?と悲しくなった事例です。
社労士会は 顧問企業のために働くより、行政の家来になりたがっているようで。
労働局に反論しなければ、労働局から仕事もらえますからね。
最低賃金審議会の委員 とかの。
別に管理人は行政と喧嘩するのが仕事ではなく、
行政に無理難題をふっかけられたら 法的に反論するのが顧問社労士だ
と考えているだけなのですが。
行政の御用聞きに成り下がった社労士は多い というのが個人的感想です。
なぜ「役場とも戦える経験豊富な社労士」を選ぶべきなのか?
このように、ここで生きてくるのが「経験」です。
修羅場をくぐり抜けてきた経験豊富な社労士は、
お役所の理不尽な指摘に対して、
「その解釈は、過去の〇〇という最高裁判例の趣旨から外れていませんか?」
「実態はこうなので、この運用で問題ないはずです」と、
法律という武器を正しく使って対等に戦う(交渉する)ことができます。
※ 社労士試験には 民法はありません。訴訟法もありません。
だから、難関大学の法学部出身、または 行政書士兼務社労士でないと
法的主張はできていない と管理人は感じています。
結論:頼むなら「役場とも戦える、修羅場をくぐった経験派」一択
司法試験の制度の穴によって「労働法を知らない弁護士」が実在する現代において、
労働法の真のプロである社労士をパートナーに選ぶことは極めて合理的です。
しかし、ただ資格を持っているだけの社労士では、いざという時に会社を守れません。
本当に頼るべきは、法律の知識はもちろんのこと、
時には行政に対して一歩も引かずに渡り合えるだけの
「実績と経験」を兼ね備えた社労士です。
企業の命運を分ける労働問題だからこそ、
「看板(資格)」だけで選ぶのではなく、
「どれだけ泥臭い現場の戦いを経験してきたか」という本物の実力で見極めてください。
